ココ島は中米のコスタリカの島で、1997年にユネスコの自然遺産に登録されました。
コスタリカ本土から南西550km、東太平洋上に浮かぶ孤島になっています。
断崖絶壁が取り囲み、熱帯雨林におおわれ豊かな動植物が数多く残っています。島の海域には数多くの海洋生物が生息し、ダイビングスポットとしても有名になっています。もともとは無人島でしたが現在この国立公園の管理者が島には住んでいます。
このココ島の名前はココヤシの意味からで、島にココヤシの実が生っていたから名づけられたようです。
1526年にスペイン人に発見され、その後には海賊たちが島で財宝を隠したといわれ、ハンターたちが海賊が隠した財宝を求めて島を探していたようですが、今だに発見されていないようです。
かの海洋学者、ジャッククストーは世界で最も美しい島として評しているのですが、このことをモデルにして書き上げられたのがスティーブンソンの小説「宝島」です。そんな雄大な自然のココ島ですが、複雑な地形と熱帯雨林という特徴から映画ジュラシックパークのモデルとなった島でも有名であります。
日本ではそこまで有名な世界遺産ではないですが、世界で最も美しい島といわれると聞くといってみたくてしょうがないですね。
現在安いお見合いパーティーや無料の出会いのパーティーに参加しているのですが、先日の秋田のお見合いパーティーで良い人に出会えました。もしこのまま上手く話しが進めば、出来れば結婚をしたいとおもっています。
結婚のハネムーンには、このココ島を訪れてみたいなとおもっているのですが、栃木に転勤になりそうなんですよね。
秋田から栃木についてきてくれるか不安です。ですが、がんばって結婚してココ島への夢をかなえてみますよ。
その1。
アルゼンチンとブラジルにまたがる、イグアスの滝です。
世界遺産に登録されているのは、滝を含むブラジル側のイグアス国立公園とアルゼンチン側のイグアス国立公園です。
滝の最大落差は80メートル以上。「悪魔の喉笛」と呼ばれる部分が観光地として有名で、そこへはアルゼンチン側から遊歩道で行くことができます。
対し、ブラジル側は滝の数はアルゼンチンほどはないものの、一つ一つが大きく、迫力のある光景を目の当たりにすることができます。ちなみに、展望台から「悪魔の喉笛」を対岸に見ることができます。
その2。
ヴィクトリアの滝。これもジンバブエとザンビアの二国にわたります。
この名はイギリスのヴィクトリア女王に由来し、イギリスの探検家がヨーロッパ人として初めて到達したためにその名がつけられました。
もともとアフリカの現地人には「雷鳴の轟く水煙」という意味の現地語で呼ばれていたそうです。
ヴィクトリアの滝を有するザンベジ川は長い年月かけて東西南北に浸食を繰り返しており、そのため滝の位置もそれに合わせて移動しています。
その侵食は現在でも続いており、今の滝も遥か未来には位置がずれていくと予想されています。
その3。
世界に名高い滝として特に有名な、ナイアガラの滝。
アメリカとカナダにまたがるこの滝は、世界三大瀑布でありながら実は世界遺産には登録されていません。
とはいえ、水力発電に利用されるほど水量は多く、景観が美しいことでもよく知られ、観光シーズンの夏には遊覧船や夜のライトアップが実施されています。
スペインの有名な建築家、アントニ・ガウディ。
彼が残した作品は、奇怪と見える一方あふれる才能の集合体であり、建築物でありながら芸術作品ともいえます。
それらはまとめて世界遺産に作品群として登録されており、有名なものでいえば、グエル邸、グエル公園、カサ・ミラなど。
「グエル」とは、ガウディが自身の才能を発揮するきっかけとなった人物、エウゼビ・グエルのことです。彼が依頼したグエル邸とグエル公園をガウディは建築し、その後数々の富豪の依頼をこなすようになりました。
さて、ガウディの作品として忘れてはいけないのが、サグラダ・ファミリア大聖堂です。
実はこの聖堂が世界遺産として加えられたのはけっこう最近のこと、2005年でした。それも登録されているのは聖堂全体ではなく、ファザード部分のみです。
サグラダ・ファミリアは未だ建設中であることは誰もが知っていることでしょう。
建設しながらも、既に完成部分の修復も行われているため、完全な完成は2256年頃と言われています。
今生きている私たちが完成された姿をその目で見られることはなさそうです。
巨大な尖塔が幾つも聳える複雑怪奇な様相を見られないのは、少々残念なことですね。
ですが、サグラダ・ファミリアはスペインでも有数の観光地で、入場料を払わなければならない工事現場ともいえます。
また、完成予想の模型もあるので、是非一度は見に行きたいところです。
そんなサグラダ・ファミリアも、一度崩落の危機に見舞われたことがありました。
聖堂の地下にトンネルを掘る計画がされていたことがあったのです。
未だに建設途中であるほどの巨大なサグラダ・ファミリア大聖堂。一体どれほどの重量を要しているのでしょうね。
「Google Earth」で地上を俯瞰するにあたり、誰もが一度は試してみたくなるのが、ナスカの地上絵ではないでしょうか。
私自身、このツールの存在を知って使うようになった当初にやってみたことがあります。
ですが、こればかりは雑誌やテレビ番組で見る鮮明な写真とは違い、モニターに映される画像には限界があるようで、はっきりと見ることはできませんでした。
地上では巨大に思える地上絵ですが、はるか上空から眺めると細い線画ですからね。
やはり、見るのに一番適した方法は、現地へ行って気球にでも揺られて眺めることなのでしょう。
今後技術が発達した暁には、インターネットでもリアルタイムの地上絵が見られるようになるのでしょうか。エンジニアさんたちに是非とも頑張っていただきたいところですね。
さて、もう一つの試してみたい俯瞰風景、万里の長城。
これはさすがによく見えました。
蛇がうねるように中国を囲む万里の長城は、宇宙からも見られる地球上の唯一の建築物といわれていました。
ですが、実際には地上の土色に紛れて視認するのは不可能とされています。
とはいえ、事実はどうあれ、宇宙からも見えると思われるほどに長大であることには変わりなく、そんな万里の長城が今日までに現存されていることが中国の人たちにとっては誇りでもあるのでしょう。
建てられた時代は場所によって分かれますが、多くの部分は主に明代。建てられた経緯は誰もが知っているとおり、北方民族の侵入を防ぐためでした。
しかしこれのおかげで侵入を完全に防げたかというとそんなことはなく、一度超えられてしまい、追い返した後に再び強化されたという歴史があります。
今となっては有数の観光地である万里の長城ですが、かつては熾烈な争いがそこで繰り広げられていたのですね。
中国の蘇州という地、名前だけなら聞いたことがある人も多いかとおもいます。
「蘇州夜曲」という有名な曲もあり、当然世界遺産に認定されているところがあります。
正式名を「蘇州古典園林」といい、複数の庭園が登録されているのですが、実は私、蘇州という地名が有名なことから長い間街そのものが世界遺産なのかと思っていました。
それは私の単なる不勉強による勘違いだったのですが、建物ではなく、庭園が世界遺産であるという点は珍しいのではないでしょうか。
それだけに、ここも気になるところです。
蘇州は「東洋のヴェネツィア」とも言われています。つまり、水の都です。
中国の庭園で水が豊富とくれば、思い浮かべる花はやはり蓮でしょう。
寺の庭に咲く蓮の光景でしたら日本でも見られるでしょうが、中国では規模や建物の様式が違います。
中国4000年の歴史というだけあって、そういった様式には独特の深みがあり、文化的なものには惹かれるところが多いです。
水と蓮と中華建築、これらの組み合わせは古代中国に思いを馳せるには充分な要素ではないでしょうか。
中国には蘇州の庭園の他にも有名な庭園が多くあり、「中国四大名園」と冠される庭園があります。
そのうちの二つが蘇州の拙政園と留園で、これらはそれぞれ元代と明代を起源としています。
また、上記の二つと、宋代の滄浪亭と元代の獅子林の二つを加えたこれらを「蘇州四大園林」といいます。
どちらも優美な水の庭園なので、癒しを求めて訪れるには最適です。
日本人でありながら、日本の世界遺産について語ることを忘れておりました。
いや、気になるところがないというわけではありません。
むしろ、日本を知っているからこそ、世界遺産に認定されていないところでも行ってみたいと思うところがあるほどです。
国内でしたら、世界遺産めぐりができるでしょうか。
最低でも一週間はかけて京都の古寺めぐりをしたいと、本気で考えたことがあります。
桜の春や紅葉の秋は、おそらく人ごみに揉まれるほどに観光客でひしめき合うのでしょうが、きっと景観も美しいことでしょう。
国内なら、一度で多くをまわろうと思わずとも、人生のうち回数を重ねて旅行して、ひとところをじっくりと楽しむのもよいかもしれません。それならば、日本の四季折々の景観が楽しめますね。
先ほど京都を例に挙げましたが、私が国内で気になっているところは他に日光、紀伊山地、琉球のグスクが挙げられます。
日光は徳川家康ゆかりの地ですね。見ざる、言わざる、聞かざるの猿たちでも有名な社です。
紀伊山地は霊場という点に惹かれます。巨木に囲まれた山道を歩いてみたいものです。
琉球は日本でありながら異国情緒を含む、感覚的にも距離的にも遠く感じる地です。だからこそ興味を持つのでしょう。
日本にだって素晴らしいところはたくさんあります。
国内だからいつでも行けると思ってしまうと逆に機会を逃してしまうことになりかねないので、そんなことがないよう、確実な計画のもと旅行に踏み切りたいものです。
かの有名な、ダーウィンの進化論の地です。この諸島の生態系がヒントになって、進化論を提唱するに至ったという、エクアドル西沖の島々です。
要因となったのは、特異な地形や火山諸島であること、そこに住む動物たちにとって天敵となる他の動物がいないことによります。
そのため他からの影響を受けることなく、独自の進化を遂げることとなった原住生物たち。
有名なのは、ガラパゴスゾウガメやガラパゴスペンギン。野鳥は100種を軽く超えます。
このように自然に溢れているように思われるガラパゴス諸島ですが、自然遺産のもつ宿命か、人間が訪れるようになったことによる環境の変化という危機がここにもあります。
環境破壊はもちろんのこと、生態系の変化も少なからずゆるやかに訪れてきているというのです。
これも歴史の一部であり、ひとつの運命かと思う一方、もったいないと思ってしまうのも仕方がないことです。
ただ、どの動物にしても絶滅などということがないよう、これに関してだけは人間が気をつけなければならないことなのでしょう。
話は変わりますが、日本にも独自の生態系を持つという点でガラパゴス諸島と似た地があります。
小笠原諸島がそうで、「東洋のガラパゴス」とも呼ばれています。
ですが、そこも人間が立ち入ることにより環境の変化が起き、今では絶滅の危機がある固有種も何種かあるといいます。
本場ガラパゴスと、東洋のガラパゴスにはこんなところも似ているのですね。なんとも皮肉な話ではありませんか。
「~歴史地区」、「~旧市街」と名前がついた世界遺産がたくさんあります。街全体がまるまる世界遺産として登録されている地域のことです。
日本でいえば、白川郷がそれにあたるでしょうか(京都や奈良は寺院の総称なので厳密には違います)
街全体が歴史ある地として登録されているということは、昔の街並みがほぼそのまま残されているということになり、そこで現在も実際に人々が生活しているということになります。
そんなところに私が魅力を感じないわけがなく、今回、世界遺産のどこか一ヶ所をテーマに絞ることができませんでした・・・
イギリスならエジンバラの新・旧両市街、オーストリアなら音楽の都ウィーン、スイスのベルン、チェコのプラハ、トルコのイスタンブール、イタリアならローマにヴェネツィア、ナポリ、ヴェローナ、それにフィレンツェも。当然、ここに挙げた以外にもありますよ。でも挙げるとキリがないので割愛するしかないのです。
大きな歴史的建築物一棟も素晴らしいとは思いますが、街並みというものはそれだけで趣が異なります。また、登録されている街の中にも細かい見どころが満載であるのも事実です。
さて、気になったらばここで「Google Earth」の出番ですよ。
建物の中なら撮影規制されているところもあるでしょうが、街並みならば関係ありません。ネット上でも写真見放題です。朝靄に佇むヨーロッパの煉瓦の町、露店の賑わい、夜のライトアップ、年中行事の様相。
・・・きっと、自分が行っても写真取り放題なはず。
ペルーにある古代遺跡マチュ・ピチュは「空中都市」との二つ名がついているとおり、非常に標高が高い所にあります。
当時の人たちが、なぜそんなところに都市を建設したのか、一体どうやって建設したのか、考古学に明るくない人でも気になるところではあるかと思います。ですが、青空と岩山を背景に広がるマチュ・ピチュを見たときには、そんな疑問など後回しにしてしまうのではないでしょうか。
石を積み上げて造られた都市は、山の峰という高山地にありながら面積は広く、迷路のように入り組んでいます。そして、積み重ねられた石を見ると、当時の建設技術が侮れないというこを、誰もが気付かされます。
古代遺跡らしく数々の謎をそこかしこに残している点は、歴史家の言うところの、ロマンの宝庫なのでしょう。
とは言え、科学が発達するにつれてそれらの謎は徐々に解明されつつあります。
高山に建設された理由が、太陽神に近くあるためという神話に関わることであったり、また暦の観測に適した地という理由であったり。またインカの王族・貴族の避暑地として利用されていたともいいます。
マチュ・ピチュが都市として機能していたのは実はそれほど古くなく、1400年代から1500年代の間で、スペイン人が初めてその地を訪れるまで、生活が営まれていました。ヨーロッパでの大航海時代です。ヨーロッパ人が海を渡ることに熱を上げている頃に、インカ人は空を渡るような地で暮らしていたんですねぇ。
この遺跡も行ってみたいところの上位に入るのですが、観光者のために交通の利便が整えられているとはいえ、きっと体力は必要なのでしょうね。
なにせ「空中都市」なのですから。
断っておきます。私はキリスト教徒ではありません。
したがって、決して礼拝に行きたいと思っているわけではなく、単純にその建物に訪れてみたいと思っているだけなのです。
外観でしたら、様々な雑誌やテレビ番組で何度も見たことがあります。サン・マロ湾の小さな島に、ひしめくように幾棟もの建物が築かれた総合建築物。その中心にそびえる、主要とされる修道院モン・サン=ミシェル。その姿は満潮時にはまるで海に浮かぶ城のようにも見えます。
写真で見るだけでも圧倒されるその様相を、実際に見に行ってみたいと思う人は、きっと大勢いることでしょう。
重ねて断っておきます。私はキリスト教徒ではありません。
ですが、これに関しては歴史的な目で見ても面白いところがあります。
「ミシェル」と名が付けられていることからも分かるとおり、この修道院はとある司教が大天使ミカエルからのお告げを賜ったことにより建てられました。しかし、それ以前は先住民族であるケルト人の聖地であり、また戦時中には要塞とされていた地でもあります。
建てられた経緯もなかなか奥深く、最初からあの形だったわけではありません。増改築を何度も繰り返し、現在の形になったのです。
それらの際に、一体どう歴史にモン・サン=ミシェルが関わったのか、興味を抱くには充分な要素があるのです。
しつこいようですが、断っておきます。私はキリスト教徒ではありません。
でも、美しいものや面白いものに惹かれるのは何の教徒であろうと関係なく、人間として当然のことですよね。
生きている間にここだけは行っておきたいと思うところ、No.1です。